「33年」あなたに知ってほしい、あなたの知らない世界

同性愛のぼくだけど、みんなを愛している神ちゃまは「そのままでいいから」おいでって。

⑮ 関門海峡を渡る

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(C)箱舟の聖母社


関門海峡を渡る

関門海峡の手前の宿屋である。明日は、船に乗る。夜である。赤ちゃんルイスが泣きはじめた。カタリナがおっぱいをやるために起き、子守り歌を歌いだす。もちろん、母からならった子守り歌である。カタリナの声は、日本人の声とは違い、少しハスキーな、少し低めの声だ。シストも目をさまし、カタリナの子守り歌に聞き入っている。満腹した赤ちゃんルイスが、また、寝る。

シスト
「カタリナ。祖国が、なつかしいね。」

カタリナ
「うん。」

シスト
「帰りたいね。」

カタリナ
「うん。私、ずっと左手に、私達が渡ってきた海があったでしょ。その向こうに高麗があると思うと、歩きながら、ずっと考えたことがあるの。」

シスト
「なにを。」

カタリナ
「モーゼの時のように、この海がわかれて、歩いて祖国に帰れたらなあって。」

シスト
「僕も、海の向こうの祖国のことばかり考えて歩いていたよ。この何日かずっとね。明日、船に乗ったら、その船が風に吹かれて高麗まで流されてくれないかなあなんて考えた。でも高麗には、また侵略軍がいて、たくさんの捕虜を捕まえて連行しているんだもの、まだ、祖国には帰れない。」

シストとカタリナは、侵略軍にふみにじられている祖国、苦しみにあえぐ祖国のことを考えている。そして、二人は泣く。しばらくしてカタリナが口を開く。

カタリナ
「シスト、この子は祖国に帰れるかしら。私達が帰れないとしても、この子には祖国を見て欲しいわ。」

シスト
「わからない。でもカタリナ。希望しようよ。夢をもとうよ。この子か、この子の子か、とにかく僕たちの血をつぐものが、いつか祖国を見ることを。ね。」

カタリナ
「うん。きっとかなうわよね。」





2008年5月12日 UP
著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
(C) 箱舟の聖母社



〒012-0106
秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
箱舟の聖母社

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⑭1594年 春が来て

1594年 春が来て

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©箱舟の聖母社

1594年 春が来た。

そして、石見銀山から役人が一人やって来た。

シストとカタリナを迎えに来たのだ。

家の主人が、セミナリヨのパードレの元へ知らせに行き、家の奥さんは旅のしたくをカタリナと一緒にはじめた。

大きい子が赤ちゃんルイスのおもりをし、小さい子は泣いている。

別れるのが嫌で泣いている。

 出発は、明朝だ。

月岳山から連行された時と違い、今回は準備のゆとりがある。

お別れの夕食を作るために、奥さんが台所に行き、カタリナは畑に行く。「お父さんのにんにく」をほりあげて持っていくのだ。

土のついた手で涙を拭いたのだろう、しばらくして戻ってきたカタリナの顔は泥で真っ黒だ。

シストが悲しい表情でその顔を見て、やさしく微笑む。

シスト
「カタリナ。顔が泥まみれだよ。いっぱい泣いたのかい。」

カタリナ
「うん。いっぱい泣いちゃったの。ここのみんなと別れるのがつらいし・・・。お父さんお母さんのこと思い出しちゃったし・・・。」

シスト
「役人が、石見銀山には今、高麗人はいないっていっていたね。僕たちは、これで祖国からも同胞からも今度こそ切り離されてしまうね。」

 若く、感情豊かな情熱家のシストは、子どものように素直に悲しみを表す。

祖国や同胞により強く愛着するのはいつも男の方だ。

女に比べて環境の変化への適応能力も低い。

同胞が誰もいないところへ行くという事実に打ちのめされているシストはうなだれて涙をこぼす。二人は、心ゆくまで悲しみ、泣く。

 一夜明けて、シストとカタリナはセミナリヨに朝ミサに行った。

去年と同じように洗礼の準備にはいった高麗人たちが、皆、四旬節に入って朝ミサに来ている。

大好きなシストとカタリナと赤ちゃんルイスが、今日立ち去るということを聞いて他の高麗人たちも皆やはり来てくれている。

パードレの教理の説明は、急遽、赤ちゃんイエズスを連れたヨゼフ様とマリア様がエジプトに逃げる話しにきりかわった。

マリア様とヨゼフ様がしのんだ苦しみに、自分たちの苦しみを重ねあわせなさい。

マリア様、ヨゼフ様に似たものになれたことを喜びなさい。

感謝しなさいとパードレは話した。

シストがささやく。

シスト
「そうだよね。苦しみとはずかしめ。この十字架、大好き。だもんね。」

カタリナ
「うん。この十字架大好きっね。」

ミサ後、同胞との悲しい別れをすまし、パードレとお別れする。

パードレは、強く、二人を強くハッグし、そしてキッスしてくれた。

そして、赤ちゃんルイスのおでこに親指で十字をしるし、抱き上げてキッスだ。

パードレ
「シスト、カタリナ、今、ルイスは旅に出ているけれど、ここに帰ってきたら、必ず石見銀山に行かせるからね。あなたたち、一家の信仰のお世話を今後もずっとルイスがたずねていって続けるから安心しなさい。」

シスト
「ああ、良かった。ルイスと時々会えるなら安心だ。」

パードレ
「なにしろ、ルイスは、この赤ちゃんの代父だもの。義務がありますからね。さあ、もう一度祝福します。ひざまずきなさい。」

パードレの祝福をうけ、一家は家に帰る。

食事をしていたら、昨日の役人が来た。

馬を引いている。

馬にあの大きな鉄鍋、お父さんのにんにくの袋、三人の身の回りのわずかな品がのせられる。

シストとカタリナの代父、代母。

つまり、信仰においてのお父さんお母さんであり、しかも、実生活でも親のようにかわいがってくれた家の主人と奥さんとのお別れ、小さい弟や妹のような子どもたちともお別れだ。

お互いにもう二度と会えないとわかっている。

お互いに情がうつっているから、この別れは本当の家族との別れと変わらないつらさだ。

ルイスとカタリナは、役人に連れられて、こうして、また長い旅に出る。

 

 

 

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著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
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⑬1593年のクリスマス 深夜ミサ

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1593年のクリスマスの深夜ミサ。

赤ちゃんルイスを抱いたカタリナを思いやって、ルイスがシストとカタリナを、セミナリヨの聖堂の玄関、つまり、屋根の下に連れてきてくれた。

 今晩もまた、大勢の高麗人たちが洗礼を授けられる。

長い長いミサ。

セミナリヨの10代の子たちの歌声が響く。

開け放たれている聖堂の扉からローソクがゆれる祭壇が見える。

外は、冬の夜。

そして、光る星。

玄関のひさしの下で若い夫婦が小さい乳飲み子を抱いているのだ。

何というクリスマス。

馬小屋に呼ばれた貧しい羊飼いたちは、今晩は、高麗人捕虜たちだ。

カタリナがささやく。

カタリナ
「シスト。

私、去年のクリスマスとぜんぜん感じが違うの。

マリア様が、どんな気持ちだったかとってもよく分かるわ。」

シスト
「そうか。

ぼくも、ヨゼフ様がどんな気持ちだったかとってもよく分かる。」

 二人は赤ちゃんルイスを見つめる。

カタリナ
「パードレが、いつまでも謙遜でちっちゃいままでいなさいねって言ったのおぼえている。

シスト。」


シスト
「謙遜で、ちっちゃいままでいることを、教えてくれるために、イエズスは赤ちゃんになってくれたんだね。」

カタリナ
「こんなに、わたしに、頼りきってこの子が生きているみたいに、私も神様に頼りきっていつも生きていきたい。」


シスト
「そして、何があっても頼りきって、安らかにまかせきっていたいね。

ぼくも。」

 涙のクリスマスだった最初のクリスマス、二人は苦しめとはずかしめを、花婿と同じ運命に預かることを喜ぶ花嫁の愛で受け入れ、愛し望み、喜ぶことが魂の戦いの勝利であることを神の照らしによってつかんだ。

 二回目のクリスマスは、苦しめとはずかしめによって謙遜でちっちゃいものとして生きぬく基礎を与えられた。

連行以来の日々を、神は「幼子路線」として完成させる恵みの日として下さった。シストとカタリナは、この日、強烈な確信をだき、ちっちゃい子らしく、かわいらしく、生き、話し、行動することを今後、生涯はずかしがることなく続ける。

 実はこれから、有馬を去れば、シストは先生、カタリナは先生の奥さんと呼ばれる日々が待っているのだ。

二人は、それを知らない。

しかし、神はその環境の中でも二人が、ごう慢にならず、逆にますます自らすすんで謙遜になるように、すばらしい配慮をもって二人を導いてくださっているのだ。

 

 

 

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著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
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⑫長男ルイスの誕生

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長男ルイスの誕生

1593年8月、赤ちゃんが生まれた。男の子だ。シストにそっくりだ。シストとカタリナは、名前と代父を考えている。カトリックは生まれるとすぐに洗礼を授ける。その時、親にかわって、赤ちゃんを抱いてくれるのが、代父、または、代母である。そして、たいてい名前を代父、または、代母の名前にする。

シスト
「ねえ、カタリナ、ルイスに代父になってもらおうよ。この子の名前もルイスがいいな。」

カタリナ
「私達の一番の友達だもんね。それが、いいわ。」

シスト
「ルイスが今度旅から帰ってきたら、たのもうね。」

カタリナ
「うん。」

代父または、代母はその子の親代わりだから、その子ともその子の家族とも、切っても切れない関係になる。ルイスは、旅から帰ってきて、さっそくやってきた。

カタリナ
「ルイス。赤ちゃんを抱っこして。かわいいわよ。首がすわってないから。頭をこうやってささえてね。」

ルイスが、とまどいながら、へたくそに抱く。

ルイス
「僕は、恐いもの知らずだと言われているけど、こんな生まれたての赤ちゃんは、こわれそうで、恐いよ。どうしよう。」

本当に小さな、手や足やその指だ。10才の時から家をはなれ、セミナリヨで男ばかりの団体生活をしてきているルイスは、普通の家庭で体験することをほとんど体験していない、男だけの社会の中で信仰と頭脳と体をきたえにきたえて、今は、迫害のさなか、信仰の戦いのさびしさの中、身をきけんにさらしつつ、007か忍者かのように活躍している。そして将来、結婚する気はさらさらない。同宿は司祭や修道士とは違うから結婚できないことはないのではあるが。

シスト
「ルイス。この子の代父になってくれないか。」

カタリナ
「ルイス。お願い。そして、この子に私達ルイスって名前付けたいの。」

ルイス
「えー。本当に。うん。喜んでなるよ。」

8月15日の聖母被昇天の大祝日。有馬の高麗人たち、皆に祝福されて、シストとカタリナの赤ちゃんは代父のルイスに抱かれて洗礼を授けられた。

パードレ
「ルイス。エゴ・テ・バプティーゾ・イン・ノミネ・パートリス・エッツ・フィリィ・エッツ・スピリトゥス・サンクティ。」

今年、送られてきている、去年よりさらに多くの高麗人捕虜たちに、シストは教え、カタリナはなぐさめてきたが、この、ただ泣いたり、おっぱいを吸ったり、微笑んだり、眠ったりしかできない小さな赤ちゃんが、彼ら全員に与えた希望は大変大きい。たった一人の存在なのに、高麗人、皆の喜びと未来への希望の源に赤ちゃんルイスはなっているのだ。喜びに湧く高麗人たちを見て、パードレがルイスに言う。

パードレ
「まるで伝道士一家だね。シストとカタリナが一年間残ってくれて、本当に助かってるよね。私達は。」

ルイス
「パードレ。僕は、この二人に特別な友情を持っています。二人を尊敬しているんです。二人が祖国と同胞に対して持っている愛と誇りは素晴らしいですね。」

パードレ
「そして、二人は、謙遜で、単純で、素朴で、真っ直ぐだね。」

パードレと、ルイスは、高麗人たちの祝いと喜びの輪の中に入っていく。パードレが、ルイスとカタリナにハッグとキッスを与えるのが見える。

そして、シストとカタリナは、パードレとルイスに連れられて、今日、盛大に花で飾られた、あの、AとMの組み合わせ文字のマリア様の祭壇に向かう。カタリナは、聖水を降り注がれ、ローソクを持たされ歩き出す。

カタリナ
「ああ、マリアさまありがとう。」

パードレがルイスを侍者に、産後の母と子の祝福の式を行ってくれるのだ。ローソクをしょく台に立て、赤ちゃんを抱いたまま祭壇の前にひざまづくカタリナ。シストもその横にひざまづく。高麗人たちが皆、うしろについてきている。

式が終わった。パードレが、皆に話す。そして、通訳するのはシストである。あの時と、同じ言葉。

パードレ
「誰でもみんな、マリア様の子どもです。これから、あなたたちは、自分をまだおっぱいを飲んでいる小さな子どもと考えて。マリア様を自分の本当のお母さんとして、何でもお話するのですよ。そうしたら、マリア様によって、幼子にしていただけます。」





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⑪待ちに待った復活祭

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待ちに待った復活祭

待ちに待った復活祭である。シストとカタリナは、他の多くの高麗人たちと洗礼を受ける。家の主人が、シストの代父、奥さんがカタリナの代母だ。

パードレ
「シスト。エゴ・テ・バプティーゾ・イン・ノミネ・パートリス・エッツ・フィリイ・エッツ・スピリトゥス・サンクティ。」

高麗人の男性達が何十人も洗礼を受け終わる。次に女性達の番だ。

パードレ
「カタリナ。エゴ・テ・バプティーゾ・イン・ノミネ・パートリス・エッツ・フィリイ・エッツ・スピリトゥス、サンクティ。」

女性達も何十人もいる。カタリナは感動のあまり泣いている。シストという名とカタリナという名は、もう二人の正式の名前だ。

洗礼を受ける前から聖人の名前で呼ばれていた不思議な二人であるが、二人は今日からお互いのことを、おまえ、あなたと呼ぶかわりに、シストとカタリナと呼ぶことに決めている。洗礼の恵みをいつまでも忘れないために、そうしようと二人で考えて決めたのだ。ミサが終わって二人が出会う。

シスト
「カタリナ。おめでとう。」

カタリナ
「シスト。あなたも、おめでとう。」

このとき二人は、本当に生まれ変わったような気持ちがした。

シスト
「しあわせだね、カタリナ。」

カタリナ
「シスト、私、幸せで泣いちゃう。神様ありがとう。」

家の主人、奥さん、子どもたちが、口々におめでとうを言い。よろこびあう。それから、高麗人同志のおめでとうだ。シストとカタリナは沢山の洗礼を受けた高麗人、全員に次々と声をかけよろこびあう。

ルイスが一段落ついたのをみはからってよってくる。

ルイス
「シスト。カタリナ。おめでとう。」

シスト
「ありがとう。ルイス。」

カタリナ
「ありがとう。ルイス。」

ルイスは、大きなカタリナのお腹に目をやる。

ルイス
「このお腹の赤ちゃんのおかげで予定が変更になったんだよ。君たちは、もう一年、ここにいるんだ。石見銀山に行くのは来年の春だって決まったよ。よかったね。みんな。」

といって、子ども達の頭をポンポンとたたいていく。

子ども達
「わーやったー。シストとカタリナとまだ一緒に遊べるー。」

キャーキャーといって子ども達が、シストとカタリナにしがみつく。喜びが重なった。そして、有馬でのさらなる一年は、ルイスとシスト、カタリナ夫妻の友情を非常に固くすることになるのだ。





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⑩1593年 春

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1593年 春

1593年 春が来た。カタリナのお腹がふくらんできている。赤ちゃんをみごもったのだ。胸も、体全体も、顔も、女らしく、母らしく変化している。それだけではない。母性愛もまた育ってきている。

小さなもの、か弱いものへ愛がわきでる。持ち前の同情心はこの母性愛によって自然とさらに強まっている。セミナリヨでは四旬節に入り、洗礼の準備が本格化した。今日から高麗人たちは、日曜だけでなく、毎朝、ミサに行き説教を聞き、教理の説明を受ける。今日は、四旬節、第一週の月曜日だ。シストとカタリナが、日曜日以外にも朝ミサに行く初めての日だ。有馬の漁民、
農民は朝はやくから働く。いつもいっしょに働く家の人たちにすまないと思いながらもわくわくどきどきしながらセミナリオにやってきた。

ミサの福音はマテオによる聖福音、25章の31節から46節である。ラテン語で読まれたあと、パウロの通訳つきでパードレから内容が説明された。「あなたたちが、わたしの兄弟であるこれらの最も小さな者の一人にしたことは私イエズスにしたのである。」「我が父に祝せられたものよ、来て世のはじめよりあなたたちのために備えられた国を得よ。あなたたちは、私が飢えた時に食べさせ、渇いたときに飲ませ、旅人であったときに宿らせ、裸であったときに着せ、病んでいたときに見舞い、牢獄にいたときに来たからである。」

帰り道は、カタリナはものすごく幸せそうである。シストの手をにぎり一緒に歩く。いつもとまったく違う。ギュ、ギュ、ギュというにぎり方にシストが聞く。

シスト
「おまえ、何かあったかい。うれしそうだね。すごく。」

カタリナ
「うん、あなた。私、今、胸が燃えているみたいに熱いの。」

シスト
「なんで。」

カタリナ
「わたしね。イエズスのことを知れば知るほど、こんなかわいそうな神様、世界のどこを探したって他にいないって思うの。それで私、イエズスにかわいそうなイエズスに何かしてあげたくってしかたがなかったんだけど、何をしたらいいかわからなかったの。ねえ、さっき聞いたでしょ。最も小さな者の一人にしてあげたことはイエズスにしてあげたことだって。私、やっとイエズスにしてあげるにはどうしたらいいかわかったわ。これから大好きなイエズスにいっぱいしてあげられると思うと私うれしくって飛んで行っちゃいそう。」

シストのまわりを両手をつないでぐるぐるまわりだすカタリナ。そして、カタリナの望みはすぐ実現しはじめる。春になり、海がおだやかになり、高麗からの捕虜の海上輸送が再現され、有馬にも去年の自分たちのように苦しみとはずかしめに打ち砕かれ、希望をなくし、つかれきって、ぼろぼろの姿の高麗人捕虜たちが、また新たに到着しだしたのだ。

シストとカタリナは、この四旬節の間、パードレからイエズスのご受難、ご死去、つまり、もっともはずかしい、そしてもっとも苦しい極刑であるはりつけの死について沢山のことを聞かされた。また、ルイスも旅から帰るとたずねてくれるが、涙のクリスマス以来、ルイスは話題として日本のキリシタンに加えられている迫害のことを出すようになった。彼らからカトリックの歴史、神の国のために命をささげた殉教者たちについても教えてもらっている。

シストとカタリナが月岳山から釜山まで歩かされたのは、釜山浦(フサンカイ)と東?と尚州と忠州で防衛戦が戦われて間もない時だった。二人は、祖国を守るために死ぬまで戦い勇敢に命をささげた兵士たちのなきがらが、何千と積まれているのを見た。立派な服装の武将のなきがらは首が無く、他の首のあるなきがらは全てみな、耳と鼻がそぎ取られていたのだ。死んでのちにも加えられたはずかしめ。歩きながら二人はどれほど泣いたことか。日本の武士達は自分たちの手柄の証拠とするため、それらを日本に送ったのだ。
それでもシストは祖国のために命を捧げつくした勇敢な彼らを、その時、うらやましいと思った

今、シストの胸には一つの熱望がやどりはじめている。神の国のために命を捧げること。愛する祖国、高麗のために命を捧げることである。同胞の高麗人たちのために、働きたいとシストは熱烈に願っている。そこに新たな高麗人捕虜達の到着である。シストは教え、カタリナは慰める。
二人の自発的な奉仕がはじまった。





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⑨ 涙のクリスマス

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涙のクリスマス

ルイスは笑っている二人を見つめ昨日得た情報を伝える。

ルイス
「シスト。カタリナ。君たちの行き先が決まったよ。石見銀山っていうところだ。とっても高い値段で売り渡されたそうだよ。」

シスト
「僕たちが、とっても高い値段で売られたっていうことを、僕たちは 喜んでいいのかな。何か胸にズキンとくるんだけど。」

ルイスが答えに困っているうちに子どもたちが騒ぎ出す。

子どもたち
「シストとカタリナはどっかへ行っちゃうの。」 「嫌だどこにも行かないで。」 「ねえ、行きたくないって言えば行かなくていいんでしょう。」 「ねえ、おねがい。行きたくないって言ってよ。」

カタリナ
「私達は、行きたくないって言えないのよ。」

子どもたち
「嫌だ。嫌だ。どうして行きたくないって言えないのよ。」

子どもたちが泣き出した。二人にすがり付いて、二人をゆすって、泣いてせがむ。

子どもたち
「行かないって言ってよ。行きたくないって言ってよ。」

シストとカタリナは自分たちが戦利品だということは良くわかっている。でも、子どもたちには説明できない。人が人を物のように売り買いすることを。

カタリナは、子どもたちと一緒に、子どものように泣き出してしまった。近づく別れを悲しむより以上に、物のように売られるということが現実になってショックを受け、みじめな気持ちになってしまったのだ。

家の奥さんも泣いている。涙のクリスマスになってしまった。家の主人と家の奥さんは子どもたちをシストとカタリナから引き離し、別の部屋に連れて行く。子どもたちは向こうで、カタリナはここでまだ泣いている。

シスト
「ルイス。どうやってこのことを受けとめたらいいのかい。何か。とってもつらいんだ。自由を失った身分なんだって思い知らされて。」

ルイス
「シスト。カタリナ。その方法はね。自分の苦しみを全てイエズスの苦しみに重ねあわせ、イエズスに似たものとなれたことを喜ぶ。こういうやり方なんだ。」

ルイスは、実際の例を示すために、考えるための時間をとる、そして話をしだす。

ルイス
「イエズスはね、銀貨30枚で売り渡されたんだよ。奴隷一人の値段は、銀貨30枚って決められていたんだ。12使徒の一人ユダ・イスカリオテが、裏切って敵の司祭長たちにこの値段で売って引き渡したんだ。そして、イエズスは捕らえられて死刑を宣告されて十字架にはりつけになったんだよ。だから、自分たちが奴隷のように売られた苦しみとはずかしさを、イエズスがしのんだ苦しさとはずかしさに重ねあわせるんだ。そして、イエズスと似たものになれたことを喜ぶんだ。同じ苦しみ、同じはずかしめ、つまり、同じ運命、同じ十字架に預かれたことをね。」

シストとカタリナは、だまって集中して聞いている。二人ともそれぞれに何かをつかみかけているようだ。それを、見てルイスは、また、話し出す。

ルイス
「それからね。君たちは自由を失ってなんかいないよ。苦しみとはずかしめが強いられたもので、絶対に受け取らなくてはならないものであってもそれでも君たちの魂は自由なんだよ。イエズスがね。人が私の命をうばうのではなくって、私が自由に自分の命を与えるのだっておっしゃったんだ。苦しめとはずかしめをいやいや受けるか。苦しみとはずかしめを愛して、望んで、よろこんで受けるかの自由が魂にはいつもうばわれずに残されているんだよ。いいかい。十字架の縦の棒は苦しみ。横の棒ははずかしめ。」

ルイスは、パードレが祝福するときのようにゆっくり手をたてについで、よこにうごかして、十字を描く。それから、両腕を広げ、それをハッグするまねをしつつ、

ルイス
「この十字架、大好き。こうするんだよ。」という。

今、シストは、自分からすすんで親方の身代わりになったことを思い出している。「そうだ、僕は自由に選んだんだ。苦しみ、はずかしめ、この十字架大好き。魂の闘いの勝利って、これだ。これなんだ。」
心と魂に大きな光を受け、シストの瞳がキラキラと輝く。

カタリナも黙ってはいるが、今、同じように、大きな照らしを受けつつある。同じ苦しみ、同じ十字架、同じ運命を夫と分かちあってきた幸せ。たしかに、自分はそれを望んできた。自分にとってこれ以上の幸せは、きっとこの世に無い。花嫁になった日、そういえばこんなことを感じたっけ、
今、これをイエズスに。あの花嫁の愛で、イエズスを愛すれば、どんなことも幸せにかえられる。カタリナの顔に微笑がもどる。

「涙のクリスマス」。日本での最初のクリスマスを二人はいつまでもこう記憶するだろう。しかし、実はこの日二人に神からの啓示の光という偉大なおくりものが与えられ、二人の生涯の闘いの方向性が定まったのだ。二人は、それぞれが受けたものを、まだ言葉にあらわせない。あまりに深い内的なさとりの場合、誰でもそれについてしばらく黙ってしまうものだ。シストが実際的な話に持って行く。

シスト
「ぼくたちの行き先は、ここから遠いのかい。」

ルイス
「かなり遠いよ」

カタリナ
「いつ、いくの。洗礼は。」

ルイス
「春になったら。ご復活祭に洗礼を授かるんだよ。パードレたちは、高麗人たちが洗礼を受けてから、それぞれの行き先に出発できるようにと頼んだからね。」

家の主人と奥さんが泣きやんだ子どもたちを連れて食卓に戻ってくる。こうして食事が再開する。





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