「33年」あなたに知ってほしい、あなたの知らない世界

同性愛のぼくだけど、みんなを愛している神ちゃまは「そのままでいいから」おいでって。

⑪待ちに待った復活祭

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(C)箱舟の聖母社


待ちに待った復活祭

待ちに待った復活祭である。シストとカタリナは、他の多くの高麗人たちと洗礼を受ける。家の主人が、シストの代父、奥さんがカタリナの代母だ。

パードレ
「シスト。エゴ・テ・バプティーゾ・イン・ノミネ・パートリス・エッツ・フィリイ・エッツ・スピリトゥス・サンクティ。」

高麗人の男性達が何十人も洗礼を受け終わる。次に女性達の番だ。

パードレ
「カタリナ。エゴ・テ・バプティーゾ・イン・ノミネ・パートリス・エッツ・フィリイ・エッツ・スピリトゥス、サンクティ。」

女性達も何十人もいる。カタリナは感動のあまり泣いている。シストという名とカタリナという名は、もう二人の正式の名前だ。

洗礼を受ける前から聖人の名前で呼ばれていた不思議な二人であるが、二人は今日からお互いのことを、おまえ、あなたと呼ぶかわりに、シストとカタリナと呼ぶことに決めている。洗礼の恵みをいつまでも忘れないために、そうしようと二人で考えて決めたのだ。ミサが終わって二人が出会う。

シスト
「カタリナ。おめでとう。」

カタリナ
「シスト。あなたも、おめでとう。」

このとき二人は、本当に生まれ変わったような気持ちがした。

シスト
「しあわせだね、カタリナ。」

カタリナ
「シスト、私、幸せで泣いちゃう。神様ありがとう。」

家の主人、奥さん、子どもたちが、口々におめでとうを言い。よろこびあう。それから、高麗人同志のおめでとうだ。シストとカタリナは沢山の洗礼を受けた高麗人、全員に次々と声をかけよろこびあう。

ルイスが一段落ついたのをみはからってよってくる。

ルイス
「シスト。カタリナ。おめでとう。」

シスト
「ありがとう。ルイス。」

カタリナ
「ありがとう。ルイス。」

ルイスは、大きなカタリナのお腹に目をやる。

ルイス
「このお腹の赤ちゃんのおかげで予定が変更になったんだよ。君たちは、もう一年、ここにいるんだ。石見銀山に行くのは来年の春だって決まったよ。よかったね。みんな。」

といって、子ども達の頭をポンポンとたたいていく。

子ども達
「わーやったー。シストとカタリナとまだ一緒に遊べるー。」

キャーキャーといって子ども達が、シストとカタリナにしがみつく。喜びが重なった。そして、有馬でのさらなる一年は、ルイスとシスト、カタリナ夫妻の友情を非常に固くすることになるのだ。





2008年5月12日 UP
著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
(C) 箱舟の聖母社



〒012-0106
秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
箱舟の聖母社

 電話・FAX: 0183-42-2762
 Eメール:charbeljapan@nifty.ne.jp
 郵便振替 02260-0-91200

⑩1593年 春

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(C)箱舟の聖母社


1593年 春

1593年 春が来た。カタリナのお腹がふくらんできている。赤ちゃんをみごもったのだ。胸も、体全体も、顔も、女らしく、母らしく変化している。それだけではない。母性愛もまた育ってきている。

小さなもの、か弱いものへ愛がわきでる。持ち前の同情心はこの母性愛によって自然とさらに強まっている。セミナリヨでは四旬節に入り、洗礼の準備が本格化した。今日から高麗人たちは、日曜だけでなく、毎朝、ミサに行き説教を聞き、教理の説明を受ける。今日は、四旬節、第一週の月曜日だ。シストとカタリナが、日曜日以外にも朝ミサに行く初めての日だ。有馬の漁民、
農民は朝はやくから働く。いつもいっしょに働く家の人たちにすまないと思いながらもわくわくどきどきしながらセミナリオにやってきた。

ミサの福音はマテオによる聖福音、25章の31節から46節である。ラテン語で読まれたあと、パウロの通訳つきでパードレから内容が説明された。「あなたたちが、わたしの兄弟であるこれらの最も小さな者の一人にしたことは私イエズスにしたのである。」「我が父に祝せられたものよ、来て世のはじめよりあなたたちのために備えられた国を得よ。あなたたちは、私が飢えた時に食べさせ、渇いたときに飲ませ、旅人であったときに宿らせ、裸であったときに着せ、病んでいたときに見舞い、牢獄にいたときに来たからである。」

帰り道は、カタリナはものすごく幸せそうである。シストの手をにぎり一緒に歩く。いつもとまったく違う。ギュ、ギュ、ギュというにぎり方にシストが聞く。

シスト
「おまえ、何かあったかい。うれしそうだね。すごく。」

カタリナ
「うん、あなた。私、今、胸が燃えているみたいに熱いの。」

シスト
「なんで。」

カタリナ
「わたしね。イエズスのことを知れば知るほど、こんなかわいそうな神様、世界のどこを探したって他にいないって思うの。それで私、イエズスにかわいそうなイエズスに何かしてあげたくってしかたがなかったんだけど、何をしたらいいかわからなかったの。ねえ、さっき聞いたでしょ。最も小さな者の一人にしてあげたことはイエズスにしてあげたことだって。私、やっとイエズスにしてあげるにはどうしたらいいかわかったわ。これから大好きなイエズスにいっぱいしてあげられると思うと私うれしくって飛んで行っちゃいそう。」

シストのまわりを両手をつないでぐるぐるまわりだすカタリナ。そして、カタリナの望みはすぐ実現しはじめる。春になり、海がおだやかになり、高麗からの捕虜の海上輸送が再現され、有馬にも去年の自分たちのように苦しみとはずかしめに打ち砕かれ、希望をなくし、つかれきって、ぼろぼろの姿の高麗人捕虜たちが、また新たに到着しだしたのだ。

シストとカタリナは、この四旬節の間、パードレからイエズスのご受難、ご死去、つまり、もっともはずかしい、そしてもっとも苦しい極刑であるはりつけの死について沢山のことを聞かされた。また、ルイスも旅から帰るとたずねてくれるが、涙のクリスマス以来、ルイスは話題として日本のキリシタンに加えられている迫害のことを出すようになった。彼らからカトリックの歴史、神の国のために命をささげた殉教者たちについても教えてもらっている。

シストとカタリナが月岳山から釜山まで歩かされたのは、釜山浦(フサンカイ)と東?と尚州と忠州で防衛戦が戦われて間もない時だった。二人は、祖国を守るために死ぬまで戦い勇敢に命をささげた兵士たちのなきがらが、何千と積まれているのを見た。立派な服装の武将のなきがらは首が無く、他の首のあるなきがらは全てみな、耳と鼻がそぎ取られていたのだ。死んでのちにも加えられたはずかしめ。歩きながら二人はどれほど泣いたことか。日本の武士達は自分たちの手柄の証拠とするため、それらを日本に送ったのだ。
それでもシストは祖国のために命を捧げつくした勇敢な彼らを、その時、うらやましいと思った

今、シストの胸には一つの熱望がやどりはじめている。神の国のために命を捧げること。愛する祖国、高麗のために命を捧げることである。同胞の高麗人たちのために、働きたいとシストは熱烈に願っている。そこに新たな高麗人捕虜達の到着である。シストは教え、カタリナは慰める。
二人の自発的な奉仕がはじまった。





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著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
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⑨ 涙のクリスマス

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 (C)箱舟の聖母社

涙のクリスマス

ルイスは笑っている二人を見つめ昨日得た情報を伝える。

ルイス
「シスト。カタリナ。君たちの行き先が決まったよ。石見銀山っていうところだ。とっても高い値段で売り渡されたそうだよ。」

シスト
「僕たちが、とっても高い値段で売られたっていうことを、僕たちは 喜んでいいのかな。何か胸にズキンとくるんだけど。」

ルイスが答えに困っているうちに子どもたちが騒ぎ出す。

子どもたち
「シストとカタリナはどっかへ行っちゃうの。」 「嫌だどこにも行かないで。」 「ねえ、行きたくないって言えば行かなくていいんでしょう。」 「ねえ、おねがい。行きたくないって言ってよ。」

カタリナ
「私達は、行きたくないって言えないのよ。」

子どもたち
「嫌だ。嫌だ。どうして行きたくないって言えないのよ。」

子どもたちが泣き出した。二人にすがり付いて、二人をゆすって、泣いてせがむ。

子どもたち
「行かないって言ってよ。行きたくないって言ってよ。」

シストとカタリナは自分たちが戦利品だということは良くわかっている。でも、子どもたちには説明できない。人が人を物のように売り買いすることを。

カタリナは、子どもたちと一緒に、子どものように泣き出してしまった。近づく別れを悲しむより以上に、物のように売られるということが現実になってショックを受け、みじめな気持ちになってしまったのだ。

家の奥さんも泣いている。涙のクリスマスになってしまった。家の主人と家の奥さんは子どもたちをシストとカタリナから引き離し、別の部屋に連れて行く。子どもたちは向こうで、カタリナはここでまだ泣いている。

シスト
「ルイス。どうやってこのことを受けとめたらいいのかい。何か。とってもつらいんだ。自由を失った身分なんだって思い知らされて。」

ルイス
「シスト。カタリナ。その方法はね。自分の苦しみを全てイエズスの苦しみに重ねあわせ、イエズスに似たものとなれたことを喜ぶ。こういうやり方なんだ。」

ルイスは、実際の例を示すために、考えるための時間をとる、そして話をしだす。

ルイス
「イエズスはね、銀貨30枚で売り渡されたんだよ。奴隷一人の値段は、銀貨30枚って決められていたんだ。12使徒の一人ユダ・イスカリオテが、裏切って敵の司祭長たちにこの値段で売って引き渡したんだ。そして、イエズスは捕らえられて死刑を宣告されて十字架にはりつけになったんだよ。だから、自分たちが奴隷のように売られた苦しみとはずかしさを、イエズスがしのんだ苦しさとはずかしさに重ねあわせるんだ。そして、イエズスと似たものになれたことを喜ぶんだ。同じ苦しみ、同じはずかしめ、つまり、同じ運命、同じ十字架に預かれたことをね。」

シストとカタリナは、だまって集中して聞いている。二人ともそれぞれに何かをつかみかけているようだ。それを、見てルイスは、また、話し出す。

ルイス
「それからね。君たちは自由を失ってなんかいないよ。苦しみとはずかしめが強いられたもので、絶対に受け取らなくてはならないものであってもそれでも君たちの魂は自由なんだよ。イエズスがね。人が私の命をうばうのではなくって、私が自由に自分の命を与えるのだっておっしゃったんだ。苦しめとはずかしめをいやいや受けるか。苦しみとはずかしめを愛して、望んで、よろこんで受けるかの自由が魂にはいつもうばわれずに残されているんだよ。いいかい。十字架の縦の棒は苦しみ。横の棒ははずかしめ。」

ルイスは、パードレが祝福するときのようにゆっくり手をたてについで、よこにうごかして、十字を描く。それから、両腕を広げ、それをハッグするまねをしつつ、

ルイス
「この十字架、大好き。こうするんだよ。」という。

今、シストは、自分からすすんで親方の身代わりになったことを思い出している。「そうだ、僕は自由に選んだんだ。苦しみ、はずかしめ、この十字架大好き。魂の闘いの勝利って、これだ。これなんだ。」
心と魂に大きな光を受け、シストの瞳がキラキラと輝く。

カタリナも黙ってはいるが、今、同じように、大きな照らしを受けつつある。同じ苦しみ、同じ十字架、同じ運命を夫と分かちあってきた幸せ。たしかに、自分はそれを望んできた。自分にとってこれ以上の幸せは、きっとこの世に無い。花嫁になった日、そういえばこんなことを感じたっけ、
今、これをイエズスに。あの花嫁の愛で、イエズスを愛すれば、どんなことも幸せにかえられる。カタリナの顔に微笑がもどる。

「涙のクリスマス」。日本での最初のクリスマスを二人はいつまでもこう記憶するだろう。しかし、実はこの日二人に神からの啓示の光という偉大なおくりものが与えられ、二人の生涯の闘いの方向性が定まったのだ。二人は、それぞれが受けたものを、まだ言葉にあらわせない。あまりに深い内的なさとりの場合、誰でもそれについてしばらく黙ってしまうものだ。シストが実際的な話に持って行く。

シスト
「ぼくたちの行き先は、ここから遠いのかい。」

ルイス
「かなり遠いよ」

カタリナ
「いつ、いくの。洗礼は。」

ルイス
「春になったら。ご復活祭に洗礼を授かるんだよ。パードレたちは、高麗人たちが洗礼を受けてから、それぞれの行き先に出発できるようにと頼んだからね。」

家の主人と奥さんが泣きやんだ子どもたちを連れて食卓に戻ってくる。こうして食事が再開する。





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⑧イエズスの右前足 ぷふっ

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イエズスの右前足

1592年 クリスマス 12月25日である。

未明の深夜0時からはじまったクリスマスミサは、この年、有馬につれてこられた高麗人捕虜達のほとんどが来た。有馬中の人が来ているといえる。聖堂の中に入れる人数は限られている。シストとカタリナは他の高麗人捕虜と外でミサを聞く。彼らの熱心さは、まだ洗礼を受けていないにもかかわらず、燃えるようだ。ミサのはじめに、赤ちゃんのイエズスのご像をささげもったパードレが、外に出てきて、一番遠くのはしから行列をはじめてくれた。だから、シストもカタリナもかわいらしいご像を見ることができた。

カタリナ
「かわいいわ。かわいいわ。ね。あなた。ね。」

シスト
「うん。かわいいね。」

お昼になっている。シストとカタリナは、家の人々とご馳走を準備した。家の主人の先唱で食前の祈りが唱えられる。日本にきて6ヶ月近くになる。シストとカタリナには家の人の話がもうほとんど聞き取れる。話もかなりできる。高麗の人々が、日本語を非常に早く習得するので、司祭たち、修道者たち、同宿たちは、皆、驚いている。今も日本語だ。

家の奥さん
「カタリナ、はじめてのクリスマスの真夜中のミサはどうだった。」

カタリナ
「赤ちゃんのイエズスさまのご像が目の前を通ったの。かわいかったわ。ぷくぷく、やわらかそうな、かわいい、右前足が、目にやきついているわ。」

うっとりとカタリナは話すが家の人たちはぷっと吹き出して腹を抱えて笑い出す。しばらく笑いが止まらない。カタリナが言いたかったのは、赤ちゃんのイエズスの交差した、前に出された方の右足なのだ。外で大きな声がする。ルイスだ。

ルイス
「クリスマスおめでとう。」

皆、大喜びでルイスを出迎え、上にあがらせ、食卓につかせる。シストとカタリナが、この家に来てから、ルイスは旅から旅の間には、必ずこの家に訪ねてきてくれる。

ルイス
「楽しそうだね。」

子どもたち
「だって、カタリナが『イエズスの右前足』っていうんだもの」

カタリナ
「キャー。そんなことばらさないで」

この家の子どもたちとの会話がシストとカタリナの日本語会話の上達をなおさらはやめているのだ。子どもたちはシストとカタリナになついてしょっちゅう話かける。子どもたちが一番の先生だ。ルイスは子どもたちから聞く右前足の話に大笑いした。

5年前に秀吉が禁教令を出している。司教、修道士たちは、目立たぬようにしており、にもかかわらず各地の教会、修道院が次々に破壊されてきている状況で、今や、日本人同宿たちが全国の信者の世話に以前にまして大活躍している。それで、ルイスも有馬にはほとんどいない。ルイスは、有馬の出身でキリシタン武士の子弟だ。優秀な子だったので選ばれて、セミナリヨの第一期生として入学した。ポルトガル語ラテン語、論理学、哲学、神学をたたきこまれたエリートで、あらゆる司祭に仕え、通訳として同行し、名だたるキリシタン武将たちとも、皆と親しく交わっている、すごい同宿なのだ、遠い道のりも、短日時で行き来してしまう。道なき道も迷うことなく、どんどん進む。変装の達人で、名前もいっぱいもっている。まるで忍者のようなところがある。イエズス会の根拠地、この有馬と地方の信者を結ぶ人間だ。そのルイスが、シストとカタリナに、初めてあった時から何かしら特別にひかれている。シストとは同い年だとわかった。二人とも1570年生まれ。カタリナは1575年生まれだ。あの時、パードレもパウロも感じた、何かこの若い二人の夫婦は内面に素晴らしいものを持っていると、それが何なのか見つけていきたい。

二人に対する興味がルイスを二人に接近させ、愛着させる。





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著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
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⑦ちっちゃいままでいなさい

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ちっちゃいままでいなさい

この教理の説明の時間が終わると、シストはカタリナの手を引いてパードレに一言いいにいく。

シスト
パウロ、通訳して欲しいんだけど。」

パウロ
「ああ、いいよ。」

シスト
「パードレ、僕が天才だっていうことは、決してありません。それに、僕たち夫婦が特別な夫婦だっていうことも絶対にありません。」

シストの顔は真剣で、真実に自分たちを低くみているのが分かる。その真剣さは、変わらないが、目が今、遠くの一点を見る。そして、

シスト
「でも、高麗の人々が、工夫することにおいて、 天才のようにひらめくのは世界一です。」

パードレは通訳のパウロの言葉を黙って聞き、さらにしばらく黙ってシストの言葉を吟味する。さきほどパードレは、小さい子のように単純で素朴なこの二人がそれにもかかわらず、絶対理解不可能な奥義と呼ばれることがらについて、それでも何とか自分なりにとらえてみようと、しばらく、真剣に沈黙し、自分なりに工夫して、ひらめきによってとらえたのを見た。もう3ヶ月も高麗人捕虜達に教えているパードレは、他の高麗人達も、同じように、シストの言う「工夫することにおいて、天才的なひらめき」を示すのにうれしい驚きを味わってきた。

パードレ
「私の子ども達、シストとカタリナ、私もそう思います。でもいつまでも謙遜でちっちゃいままでいなさいね。今のようにね。」

シストとカタリナは、本当にパードレをしたっている。親に対する子どものように、心をひらいて思っていることを素直に話す。パードレは、それだからますます「父の心」を刺激されるのだ。

「工夫することにおいての天才的ひらめき」が、技術的分野で発揮されてきたからこそ、シストとカタリナは高麗から連行されてきたのだ。これからシストが日本に伝える大規模高能率の精錬技術は、鉄鍋が大きいことによる技術革新ではない。なんとシストが伝え、石見銀山、院内銀山を世界一の産銀量にするのは、今で言う反射炉なのだ。

とにかく、数千人もの洗礼を準備中の高麗人捕虜達は、真理をとらえ、みとめ、信じるために彼らの民族的「工夫することにおいての天才的ひらめき」を最大限に用いてまわりのスペイン人、ポルトガル人、日本人のキリシタン達を驚かせつつある。

ここでカタリナが何か聞きたそうにする。パードレが目で促す。

カタリナ
「あの、パードレ、ちっちゃいことっていいことなの。私、ちっちゃいままでいなさいなんてはじめて言われたわ。」

この質問にパードレの顔はますます「お父さん」のようにやさしくなる。

パードレ
「おう。愛する私の子どもたちよ。天国はちっやい子になってはじめて入れるところなのですよ。」


パウロの通訳つきなので、パードレは区切り区切り話す。カタリナがこの言葉をきいて目をまるくして思わず。

カタリナ
「まあ、本当に」

と聞き返すのがおかしい。パードレは、ニコニコ微笑む。

パードレ
「本当ですよ。イエズス様が『幼子のようにならなくては天国に入れない』と教えてくださったのです。きなさい。」

パードレが、二人を脇の祭壇、マリア様の祭壇に連れて行く幼いイエズス様を抱いたマリア様のおかれた祭壇である。

中央の立った人のももの高さには、アルファベットのAとMの組み合わせ文字がある。

パードレ
「誰でもみんなマリア様の子どもです。これからあなた達は自分をまだおっぱいを飲んでいる小さな子どもと考えて、マリア様を自分の本当のお母さんとして、何でもお話するのですよ。そうしたら、マリア様によって幼子にしていただけます。」

パードレは、シストとカタリナが夢中になってマリア様の像を見ているのを、横から見つめる。カタリナの視線はどうやら胸に抱かれている。幼いイエズス様に言っているようだ。

パードレ
「カタリナ。ちっちゃい子のように、遠慮なく何でもマリア様に話してごらん。さあ、何をお願いしてもいいんだよ。さあ。」

カタリナ
「何でもいいの。パードレ。」

パードレ
「いいよ。カタリナ。」

カタリナ
「マリア様、赤ちゃんをちょうだい。

シストの顔が真っ赤になった。パードレが、二人に祝福を与える。





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⑥1592年10月有馬

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⑥1592年10月有馬

有馬のどの家にも、あとからあとから連行されてきた高麗人がいる。有馬だけではない。キリシタン大名の治めるところでは、大村も天草も長崎も五島も同じように捕虜達が民家に分宿させられている。

イエズス会は、1566年から高麗への宣教を望んできていた。ヨーロッパ人は、遠い先を見て、用意周到に準備をする頭の持ち主である。日本の宣教のために1580年に有馬にセミナリヨをつくり、10才前後のキリシタンの子弟を入学させ、将来の同宿、修道士、司祭の養成をはじめると、日本生まれの高麗人のキリシタンの子弟も入学させ、高麗への宣教の準備をはじめたのだ。有馬には、パウロの他に何人かの高麗人同宿がいるが、今、彼らは、何千人もの高麗人の捕虜にカトリックの教理を教えるために、あちこちによって大わらわで働いている。

その何千人もの高麗人捕虜の中でもシストとカタリナはパードレたち、修道士たち、同宿たちの間で有名人になってしまっている。一体なにがあったのだろう。実は、こんなことがあったのだ。

イエズス会は上記の理由で、高麗人たちに熱烈に信仰の教育をほどこし始めた。シストとカタリナは、農家の一家と一緒に農作業をして過ごしているが、日曜日は高麗人たちのほとんどは、セミナリヨへ行く。そこで、パウロの通訳つきでパードレから、または、パウロから教理をならっている。

ある日のこと・・・・。パウロが通訳している。

パードレ
「神は唯一です。唯一の神には三つのペルソナがあります。父と子と聖霊です。これを三位一体といいます。三位一体は人間の頭では絶対に理解できません。ただ、これをこのまま信じるのですよ。」

その時、パードレの目に、お気に入りのシストの顔が飛び込んだ。

パードレ
「私の子よ、シスト。父と子と聖霊は別々の方なのですよ。なのに神は一体だなんて、信じなさいと言われても信じられますか。」

真剣にシストは考える。パードレは、しばらくシストの返事をまつ。ニコニコしながら。

シスト
「パードレ、わからないけど、信じたいから信じます。」

パードレ
「そう、そう。よし、よし」

パードレは、この返事に満足してうなずく。

シスト
「パードレ、これは僕が金と銀と銅を一つの石からとるのとにているなあと思ったんです。一つの石で、何のへんてつもない石に見えます。でも、その一つの石の中にちゃんと金と銀と銅がある。吹き分けたらちゃんと別々に取れるのですから。」

まず、パウロが驚きの叫びをあげる。パードレがパウロ

パードレ
「なに。なに。何をシストは言ったんだい。」

パウロ
「パードレ、聞いてください」

そして、シストの言葉を通訳する。パードレとパウロは顔を見合わせ、しばらく黙ってしまう。二人とも、三位一体について、こんなたとえを未だかつて聞いたことが無いのだ。もしかすると教会史上初の「三位一体の鉱石によるたとえ」かもしれない。やっとパードレが口を開く。

パードレ
「シスト、あなたは天才です。」

パードレは、となりにいるカタリナにも何か質問してみようと思った。

パードレ
「カタリナ、私の子よ。人間の五感では決してとらえられないけれど、ご聖体はパンではなくて、もうイエズス様になっています。人間の霊魂が永遠に生きるために、かたみとして与えて下さったのです。これも、また、分からなくても信じて認めなければなりません。それが出来ますか。」

カタリナも真剣な表情でしばらく黙る。それから悲しそうな声で話し出す。

カタリナ
「パードレ、私のお父さんが、私が連れて行かれる時に、これで長生きしてくれって、ニンニクを私に手渡したの。たったこれがお父さんの形見なの。神様は何でもできるでしょう。 永遠に長生きさせるために、ご自分を食べさせるしかなかったら・・・。 私も、もし私が何でもできる神様だったら自分を食べ物にして、 子どもにあげちゃう。何でもできる神様で、お父さんのようなイエズスが、 そうして下さったって、私、信じたい。」

カタリナは、お父さんとの別れのことを思い出して、目に涙があふれる。パードレは、感動し、パウロと、また、顔を見合わせる。お父さんのニンニクと、イエズスのご聖体を並べて考える子どもらしさの中にも、もし私だったらと自己を食べ物にしてあげちゃうという愛深い自己犠牲の宣言があったからだ。

パードレ
「私の子どもたち、あなたたち夫婦は、なんという夫婦だ」

パードレもパウロもこの二人の話を皆に伝えずにはいられなかった。もちろん聞いた人々も感動し、食事の時の話題にしたり、次の人に伝えたりと。こうしてシストとカタリナに会ったことが無い人々も、シストとカタリナの名と、この二人の返事のことについて知るようになったというわけだ。





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⑤シストとカタリナの由来

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シストとカタリナの由来

 パードレは、「シスト」をシスト2世からとった。

 彼は、アテネ出身のギリシャ人だが、イタリアのローマで司祭になり、ローマ皇帝キリスト教徒への迫害のさなか地下教会の為に働き、ローマ司教、つまり、ローマ教皇になり、カタコンブと呼ばれる大地下墓地から信者を指導した。

 そして、このカタコンブの中でミサを行っている最中、密告により皇帝の軍隊に踏み込まれ、そこで首をはねられるというドラマチックな殉教をとげた。

 そして、又、パードレは「カタリナ」をシエナの聖カタリナからとった。
 彼女は、永遠の御父との対話と「涙の霊性」という泣きながらの祈りと嘆願の毎日を送ったことで、非常にユニークな聖女だ。
 彼女は、慈善家として大活躍し、多くの人に偉大な影響力をもった。
彼女に賛同し、彼女の活動を助けた人々は「カタリナの軍隊」と呼ばれた。

 パードレと二人の同宿は外国から来て鉱山で指導者になるということと、「お父さん、エーン、エーン、ヒック、ヒック、お父さん、エーン、ヒック、ヒック」と泣いていることだけで、シストとカタリナとあだ名をつけ、「ピッタリだ」と言っているのだが、三人は、シストがこれから、日本中の鉱山を結ぶ地下教会をつくりあげ、指導すること、その助け手として、カタリナが慈善の行いをもって奇跡的ともいえる成果をあげることを今のところ知るよしもない。

 武士達が出発を命令する。

ルイスは、鉄の大鍋を背負い、シストとカタリナといっしょに歩き始める。パードレとパウロは、歩き始めた、他の高麗の捕虜たちにも、慈しみ深く、慰めを与えるために、一人、又、一人と次々に声をかけ、話をし、話を聞いていく。

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 1592年7月、有馬である。武士達は有馬のキリシタン大名、ドン・プロタジオ有馬晴信(はるのぶ)の家臣だったのだ。

 捕虜達の第一陣は、日本におけるイエズス会の本拠地の有馬に連れてこられ、キリシタンの農民たちの家に分散して住まわされた。

シストとカタリナがルイスに連れられて一軒の農家に着いたところだ。

海が近い。

有明海だ。

 そして間近に迫る雲仙の高く大きな山体。

こんな南の地、しかも海のすぐ側でありながら、山頂は冬になると雪をかぶる。

 ここでも、また、夫はシスト、妻はカタリナとルイスから家人に紹介される。
 家の人たちが、二人の足を指さしている。

二人のはだしの足は、足首から下が赤く大きく腫れあがっているのだ。

 頬はこけ、シストのひげは伸び、カタリナの髪はほつれている。

7月といえば、もう暑い九州の道を、はだしで何日も歩きづめに歩いたのだ。
 二人は家の人の表情と声の調子から、大変に同情してくれているとわかる。

ルイス
「マリアさまとヨゼフさまを預かったと思って、この二人の世話をしてくださいね。
 この二人にしてあげることは、イエズスさまにしてあげることになるのですから。
 神があなたたちに豊かに報いてくださいます。」

家の主人
「ルイスさま、安心してください。イエズスさまに仕えるように、この二人に仕えますから」

ルイス
「シスト、カタリナ、またくるからね。」

ルイスが去ろうとする。二人はそれを見てあわてて言う。

シスト
「ありがとう ルイス」

カタリナ
「ありがとう ルイス」

ルイスが去った後の何という心細さ。二人はまだ日本語がわからない。

カタリナ
「あなた、着いたのかしら、もう旅は終わったの。」

シスト
「そうみたいだね。」

カタリナ
「わたし、立っていられない。」

カタリナは、着いたと思ったら、疲れがふきだしはじめたのだ。

足が棒のようにこわばっていたから、立っていられたのだが、今、しゃがもうとするとストンとおしりまでもついてしまい、それでも止められず横ざまに土の上に倒れてしまう。疲れで全身が痛む。もう立ち上がれない。

家の奥さん
「まあ、大変。なんてかわいそうなの。」

 家の人たちのキリスト教的兄弟愛が爆発する、一斉に皆がカタリナに駆け寄り、抱き上げシストと共に家に連れて行く二人は親切の大洪水に沈められる。





2008年5月9日 UP
著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
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