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神ちゃまが祝福したクリスチャンの同性愛カップル ロンジン・マリーとフランソワ・マリー

性的に苦しんでいる 特に同性愛のみんな 神ちゃまはみんなをとても愛していること ゆるしていること 救ってくれることを伝えたいんだ。そして、神ちゃまが同性愛のみんなのために安心できる居場所をここに作ってくれたよ。

聖ベルナデッタ 愛してあげて欲しいんです。 マリー・マドレーヌに与えられたメッセージ 2007年7月27日 フランス・ルルドにて

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 AM0:15
マリー・マドレーヌに与えられた、聖ベルナデッタからのメッセージ
フランス・ルルドにて
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マリー・マドレーヌ:
  私たちはちょっと夜遅くご飯を食べて、PM11:30過ぎにはみんな横に
なったところだったんだけれども、相変わらず私はやっぱりちょっと
眠れないでそのまま横になってました。そしたらAM0:10前、0:10になる
前になんですけど、「物乞いが多いの」ってちょっと悲しげな感じで
ベルナデッタの声が聞こえてきました。「しるしある?」って聞いたら
識別のためのしるしをもらいました。
 あ、またしるしくれました。
 
聖ベルナデッタ:
 愛するマリー・マドレーヌにベルナデッタが話します。
ここルルドでもあなたは見たように、物乞いをする人に出会いました。
すごい裕福でたくさん食べる人もいれば、人からお金をもらわないと
生活していけない女の子に至るまで様々で、巡礼団も組んでくる人たちも
大勢、ここで、ルルドの泉の恵みをもらおうとして、思い思いの行動で
やってきます。ベルナデッタが悲しいのは、癒しを必要とする人たち
みんなとは言いませんけど、その人たちは物乞いをする人たちの身近な人になろうとしないで、教会の前に座る人々をそれぞれの目で見て帰ってい
くのがとっても悲しいです。ベルナデッタはルルドの泉が湧いても、人に
直接手を触れるなどはしたことがありませんし、自分でもマッサビワの
洞窟には、あのあと行かなかったです。巡礼者が作り上げた、この聖地
なんです。むしろヌヴェールでは、修道院に入ってたくさんの仕事をし
ました。病人の世話、それがイエズスをみることだと、唯一感じた仕事
だったんです。本当にみなし子たちの世話をしたくてしたくてたまらな
かったけれども、結核があったし、残念だけど先生の資格をもっていな
くて、お世話する力はありませんでした。結局どこにも派遣されないで、
ヌヴェールの修道院で最後まで過ごしました。皆はあちこちに派遣され
ていったけれども、ベルナデッタだけが残って、トイレ掃除、みんなが
嫌がる仕事をしたんです。実際、今日・・。昨日カショに来てくれまし
たけど、あのような貧しい生活をしたのに、一生涯本当に卑しいままで
過ごしました。無限罪の御宿りの聖母に会うまでは、全く普通と変わらず
貧しい生活で、友達とも話をしたけれども、勉強が出来なくって、それ
でも初聖体は受けられるようにと祈りながら過ごして、学校に行って
勉強しました。だけど障害のため記憶が悪くって、そこでもはずかしめ
られる経験をいっぱいしました。

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マリー・マドレーヌに話します。今のあなたの道でいいんです。
はずかしめられて、そして卑しい者とされていくのは、マリア様にとって
愛される唯一の道になります。神の子であるイエズスがはずかしめられ
たのに、なぜ人間ははずかしめを嫌うんでしょうか?卑しめられることを
嫌うんでしょうか?やっぱり裕福になりたいとか、美味しい食べ物を食べて、みんなで楽しい時間を過ごしたいとか、いろんな思いが人間を支配してしまっているんでしょうね。このルルドの聖地は、まさにお祭り騒ぎの
ような部分で、片方では祈り一辺倒だし、片方ではお祭りのように人が
たわむれて、ルルドの水に酔っているかのように、そんな聖地になりました。
ベルナデッタは本当に15日間、貴婦人にお会いしただけで、あとは全然
ルルドを見ませんでした。物乞いが各国どこに行っても多いです。
なぜだか教会の前にいっぱいいるんです。教会の広場とか、そういう人
たちは、本当に夜売春をしているかもしれないし、いろんな身の上の人
がいて、今現代も乞食のような、そんな様でいる人がいっぱいいます。
精神的に孤独になって、お金ではなくて、話し相手になって欲しいと、
リジューでせがんだ男性も、マリー・マドレーヌは見ましたね。教会が、
きりがないので、あげだすときりがないので、お金をあげることをやめて
しまっています。軽蔑しかそこにはないんです。それが教会って言えま
すか?すごく悲しくって、心で開いていますという状態だけです。
行動では投げ与える人もいますけど、本当に愛を持って、勇気を持って、
不潔かもしれない、その人たちに手を差しのべる、そんな愛が生まれる
教会が増えて欲しいです。
マリー・マドレーヌは、この現実を見てショックだったかもしれません。
実際にこれが現実なんです。パリでもそうだったでしょ。みんな物乞いを
する人たちに対して、いろんな眼差しをおくっています。
物乞いが減ったら、どんなに世の中が変わるでしょうね。売春しかでき
なくって、家庭を支えるために売春する人も、なかに大勢いる現実を見て
下さい。残念ですけど、そういう人たちが一番福音を聞かなければなら
ないのに、その人たちを羊の囲いの外に出すという行為を、教会はして
いるんです。「じゃあ、どうすればいいの?ただお金をあげればそれで
いいのか?」って言われてしまうと、そうじゃなくって、あげるのが目的
じゃなくて、愛してあげて欲しいんです。「一緒に友達だよ」とか
「私たちも祈ってるからね」とか、一言でも声をかけてあげるといいな
と思います。ベルナデッタのお願いですから、寺沢でそんなことを起こ
さないようにして下さい。ルルドはお祭り気分がずっと続くでしょうし、
中には改心してそれをやめようと動く人が出るかもしれないですけど、
このままだとマリア様が悲しくって泣いてらっしゃると、私は言いたいです。
司祭の祝福を、このルルドの地にいる人たちにお願いします。
 
ジャン・マリー神父:(このルルドのの地にいる人たちに)
 全能の神、父と子と聖霊とが汝らを祝福し給わんことを。アーメン。
 

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マリー・マドレーヌ:
 確認のしるし、今とれました。
 「他にありますか?」って聞いたんですけど、もうないです。