マリー・マドレーヌに与えられたメッセージ メルマガ「箱舟の聖母」2005年8月28日号No.268

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2005年7月15日(金曜日) AM7:09
聖母マリア様からの公的メッセージ
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マリア様:
 聖体を愛しなさい。イエズスの体を冒涜しないでください。愛する子らよ、聖体を愛し、崇敬しなさい。手で冒涜するようなことをしてはいけません。
イエズスの体を打つことになります。冒涜しないでください。

 イエズスの十字架を軽く見てはいけません。イエズスが嘆き苦しんでいることをもう一度思い起こしなさい。あなた方に伝えます。聖体をこれ以上いためないでください。

 聖体に対して軽く見るものはイエズスの聖心を悲しませることが判らないのですか。私たちはこのことのゆえに悲しんでいます。

 聖体を愛し、崇敬することをもう一度し始めなさい。イエズスを悲しませないでください。イエズスとすべてひとつになる人たちを私は求めています。聖体と一致してください。

 愛する子らよ、あなた方に懇願します。聖体を愛しなさい。聖体を拝し、深く崇敬しなさい。


マリー・マドレーヌ:
 マリア様の言葉をいただく前に第1ミサのとき、新しい匂いを感じました。
甘い匂いです。聖変化になるとき匂って、しるしを求めたらいただきました。
聖体拝領のときに体がかなり熱くなりました。少し沈み落ちていく感覚を
覚えました。どういうことなのかと思いましたが、そのまま沈み落ちていく感覚を覚えながら煉獄の霊魂のために祈っていました。
 
 聖体降福式の時、天地万物の祝福のところで、またミサのときに感じた
においがありました。そして、ミサが終わって聖体降福式も終わり、また
新たに匂いをいただいて、しるしを求めたらありました。そうしたら「聖体を愛しなさい」という言葉と「イエズスの体を冒涜しないでください」という言葉が聞こえてきました。
 
 足の痛みがかなり強くなっています。もものほうと足首の方が重くなりました。ミサ中、足首が重くてだるい感覚がありました。それからももの方の痛みが強くなってきました。今もその痛みは続いています。今、暑さがあります。


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同日 AM10:11
聖母マリア様からの公的メッセージ
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マリア様:
 イエズスと一緒に私は人類をあがないました。聖体を愛してください。
イエズスの十字架を黙想し続けてください。私もそこにいて苦しみを一緒に担いました。悲しみの涙でいっぱいでした。

 イエズスを愛し、イエズスの導きを求め、これから歩み続けてください。


マリー・マドレーヌ:
 マリア様が話してくださることが起こる前に、先ず麗しい香りがありました。しるしを求めましたが、そのときには何もありませんでした。「もう一度聴いて『僕は聴きます。お話ください』と言うように」と司祭から指導をいただいて祈りました。そうしたら、マリア様が先ず最初に「イエズスがあがなったように、私も一緒に人類をあがないました」ということを話されました。


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2005年7月20日(水曜日) PM23:34
聖母マリア様からの公的メッセージ
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マリー・マドレーヌ:
 マリア様から語られる前に起きたことを話します。ジャン・マリー神父と十字の印のことについて話をしていました。

 昨年8月1日のことです。私は家で十字の印をする意味の重要性について、神様によって知識を注付されるという形でインスピレーションをいただいているということの話を司祭としていました。言葉ではなく、ヴィジョンでもない形です。当時私は『箱舟の聖母』のメッセージを読んでいてリトル・ペブルさんやほかの幻視者のメッセージに必ず出てくる「父と、子と、聖霊との御名によりて」と言われるマリア様や天の方々の言葉に心がとまりました。
これは何なのかと考えて思いをめぐらしていました。

 メッセージ全部に共通しているこの言葉について思い巡らしていたところ、『これは十字を切っていらっしゃるのかな』という思いがきました。当時、私はこのことが何なのかわかりませんでした。リトル・ペブルさんも天の方々もみんなゆっくりと十字を切っているんじゃないかというインスピレーションが私の心の中に与えられました。このことをパソコンに記録しようとしていました。
 
 司祭が『十字を切りながら幻視者は話している』ことを教えてくれました。
そうしたら『やっぱり私が思っていたことなんだ』と今日になって初めて
確認ができたのです。マリア様に合わせて幻視者が十字を切る様子を司祭が説明してくれていたそのとき、麗しい匂いが眼の前でしました。印を一度求めました。印をもらいました。もう一度このことに対して慎重になりたかったので『印を下さい』とお願いしました。そうしたら印をくださいました。

 先ず、会話の途中で、天からの働きかけがあったので、ジャン・マリー
神父に合図しました。ジャン・マリー神父は『そちらに集中しなさい』と
命じ、「印を求めなさい。印がなかったら『サタン、退け』と厳命しなさい。
印があったら『しもべは聞きます。お話ください』と言うように」と命じました。ジャン・マリー神父は聖水とベネディクトの十字架、それから録音機を取りに行きました。

 その間私は心を沈めて耳を澄ましていました。喜びが湧き上がってきました。ジャン・マリー神父は録音機をセットして、聖水を私の頭と両肩にかけました。私の前に立ってベネディクトの十字架を持って悪魔祓いのために何度も十字を切ってくれました。

 「愛する子よ」という言葉が始まると、ジャン・マリー神父は脇によけてひざまずき、公的なメッセージを悪魔からガードするためにメッセージの間たびたび悪魔祓いのためにベネディクトの十字架で十字を切っていました。
それは「て、に、を、は」など、ひとつの文字、ひとつの単語、ひとつの
文章だけでも地獄のものを入れようと全力を尽くす悪魔の働きを抑えるためです。実際このメッセージでも、「聖体も」が正しいのですが、『聖体を』と私の耳に聴こえたのです。

 このように私は厳しい霊戦にさらされているのです。


マリア様:
 愛する子よ、あなたを愛し、祝福します。十字の印をゆっくりと愛をこめて切ってください。すべて軽くしないでください。天がしているように十字の印を大切にしてください。司祭がするように崇敬を持ってしてください。
多くの信者が十字の印を軽く取り扱っています。

 十字架は大変重要なものです。すべての事柄を十字の印を持ってするときに悪いところから守られます。すべての人が『父と子と聖霊との御名によりて』と十字を切りながら言うとき、この意味を深く理解するようにと私は願います。

 十字の印は祝福をもたらします。地上を祝福し、一人一人を祝福し、御聖体も、またたくさんの物を祝福します。軽く十時の印をしないでください。
多くの信者にこれを伝えます。

 あなた方を祝福し、愛し、導く私の声に耳を傾けてください。イエズスを愛し続けてください。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。